お金持ちの家に育ったというだけで、得をする人がいる。私は自分の家が貧しかったこともあるが、そのような恵まれた環境にいる人に対する妬みのような感情を持っていたかもしれない。またその逆の関係で、何も貢献をしないにもかかわらず、善良な人たちの創りだした貢献を横取りし、身の丈以上のものを獲得する人もいる。どうバランスをとるか、分配や公平の問題そのものと関わり、難しい問題の一つである。

さて、今日は給料日。60歳を過ぎると昇給の停止条件となる。

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少し寂しいものの、民間企業のように大幅に下がったりせず現状維持が保てているから贅沢なものだ。 私は前にも給料のもらいすぎ - 本流パーソナルブログの記事を書いた。本来は、少しずつでも給与をカットしていき、需要と供給の構造に従うところまで下げたらどうか。ただ、そこまでするか? しないと思う。

例えば今の給料が下がったとして、その対象の彼らは職をやめ、別の職種に転職するだろうか。多分、半分以下になったとしても継続するのではないかと思う。それは競争力のない仕事をしているせいでもある。業界が同様な体質であるとするならば、自らだけそれをすると損失を被るからであろう。ともかく、そのぎりぎりの臨界点まで下げられるとすると、その差額分は言うまでもなく、もらいすぎ(払いすぎ)の金額である。市場原理の働かない公共セクターでは、同様な現象はあちこちにあるのではないだろうか。但し、そのシステムが受容されている (知らされていないを含む) 限り、「問題」とはならない。

このような主張の片鱗でも言おうものなら、近辺から袋だたきにされるのは確実だ。匿名を保てるブログだから言えることだが、危険極まりない。私もバレることによって退職金がストップされては困るから(笑)。

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photo by mrjoro

 

*** ガーデンシクラメンが 5ヶ月間 このように、冬の寂しい色合いの中で花を咲かせ続けていて感謝だ。

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